疾患の概要
認知症は、一度獲得された知的機能が、脳の器質的障害により持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障をきたす状態を指します。病態生理としては、脳細胞の変性や脱落、神経伝達物質の異常などが挙げられます。原因疾患は多岐にわたり、最も多いのはアルツハイマー型認知症(脳内のアミロイドβやタウタンパク質の蓄積による神経細胞死)で、次いで血管性認知症(脳梗塞や脳出血などによる脳組織の損傷)、レビー小体型認知症(レビー小体の蓄積)、前頭側頭型認知症などがあります。主な症状は、記憶障害(特に新しい情報の記銘力低下)、見当識障害(時間、場所、人物の認識困難)、実行機能障害(計画・実行能力の低下)、失語(言葉の理解・表現困難)、失行(指示された動作の実行困難)、失認(物の認識困難)といった中核症状と、これに伴って現れる行動・心理症状(BPSD: 徘徊、興奮、妄想、幻覚、抑うつ、無気力など)があります。診断は、問診、神経心理学的検査(MMSE、HDS-Rなど)、血液検査(鑑別診断のため)、脳画像検査(MRI、CT、SPECT、PETなど)を総合して行われます。治療は、根本的な治癒は困難ですが、進行を遅らせたり症状を緩和したりする薬物療法(コリンエステラーゼ阻害薬、NMDA受容体拮抗薬など)と、非薬物療法(リハビリテーション、環境調整、心理社会的ケアなど)が中心となります。
看護のポイント
認知症の看護は、患者さんの尊厳を尊重し、残存機能を最大限に活かし、安全で安心できる生活を支援することが重要です。観察項目としては、認知機能(記憶、見当識、判断力)、BPSDの有無と程度(出現状況、誘因、対処法)、ADL(食事、排泄、入浴、着替え)、睡眠パターン、食事摂取量、水分摂取量、表情、言動、身体合併症の有無(感染症、転倒など)を継続的に観察します。ケアの実際では、まず患者さんとの信頼関係構築が基盤となります。具体的なケアとして、環境調整(見慣れたもの、安全な環境)、コミュニケーション(ゆっくり、簡潔に、非言語的コミュニケーションの活用、傾聴)、ADLの援助(残存能力を活かし、見守りや声かけ中心)、BPSDへの対応(誘因の除去、個別対応、気分転換、多職種連携)、身体合併症の予防と早期発見・対処が挙げられます。患者教育は、ご家族に対して疾患の理解促進、介護負担の軽減、介護技術の指導、社会資源の活用支援を行います。患者さん自身には、病状に応じた説明と、できる限り自己決定を尊重する姿勢が大切です。
アセスメントのポイント
認知症のアセスメントでは、多角的な視点から情報を収集し、患者さんの全体像を把握することが重要です。フィジカルアセスメントでは、全身状態の把握(バイタルサイン、皮膚の状態、栄養状態、脱水の有無)、身体合併症の有無(発熱、咳嗽、浮腫、疼痛、便秘、下痢、排尿状況、褥瘡など)、転倒リスクの評価(歩行状態、筋力、視力、聴力)を行います。特に、認知症患者さんは症状をうまく伝えられないことがあるため、非言語的なサインを見逃さないように注意が必要です。検査データでは、血液検査(電解質、血糖、肝機能、腎機能、甲状腺機能、ビタミンB12、葉酸など)で、認知機能低下の原因となりうる身体疾患の除外や合併症の有無を確認します。脳画像検査(CT、MRI)では、脳萎縮の程度、脳梗塞、脳出血、脳腫瘍、水頭症などの有無を確認し、認知症の原因疾患を特定する手がかりとします。神経心理学的検査(MMSE、HDS-R、CDRなど)の結果は、認知機能の現状把握と経時的変化の評価に用います。これらの情報から、患者さんの認知機能レベル、ADL能力、BPSDの状況、身体合併症、社会的背景などを統合的にアセスメントします。
関連する看護診断
1. 思考過程の障害:記憶、判断、問題解決能力の低下に関連する。2. セルフケア不足:認知機能の低下や身体能力の低下に関連する。3. 転倒のリスク:見当識障害、歩行障害、環境認識能力の低下に関連する。4. 慢性的な混乱:見当識障害、記憶障害、環境の変化に関連する。5. 介護者の役割緊張:疾患の進行、BPSDの出現、介護負担の増大に関連する。
看護計画の要約
【OP(観察計画)】認知機能(記憶、見当識、判断力)の程度と変化、BPSDの有無・種類・程度・誘因・対処法、ADLの自立度、食事摂取量・水分摂取量、排泄状況、睡眠パターン、身体合併症の有無と症状、転倒リスク因子、表情・言動・気分、家族の介護状況と介護負担を継続的に観察する。薬物療法の効果と副作用も観察項目とする。【TP(援助計画)】安全で安心できる環境を整備する(転倒予防、見当識を保つ工夫)。患者さんの残存能力を活かしたADL援助を行う(見守り、声かけ、部分的な介助)。個別性に応じたコミュニケーションを図る(ゆっくり、簡潔に、非言語的コミュニケーションの活用)。BPSDに対しては、誘因の除去、気分転換、個別対応、多職種連携で対応する。身体合併症の予防と早期発見・対処を行う。レクリエーションやリハビリテーションを導入し、残存機能の維持・向上を図る。ご家族への介護指導、精神的サポート、社会資源の紹介を行う。【EP(教育計画)】患者さんには、病状に応じた説明を行い、できる限り自己決定を尊重する。ご家族には、認知症の病態、症状、進行、BPSDへの対応方法、介護技術、利用可能な社会資源(介護保険サービス、地域包括支援センターなど)について説明し、介護負担軽減のための情報提供と相談支援を行う。介護者のセルフケアの重要性についても教育する。